お侍様 小劇場
 extra 〜寵猫抄より

    “夏…



つきなみな言い方ながら、
暦の上では“立秋”となったというに、
日本の夏はまだまだ衰えを見せずにおり。
朝早くから威勢よく鳴き出した蝉たちが、
だがだが、昼を回るより前にはもう、
降参しましたと言わんばかりに、音なしの構えに入ってしまう。

 「………おや。」

暑さに弱い誰かさんのため、
節電の夏で、
しかも体力のあるだろう若い人しかいない空間でありながらも、
除湿モードの冷房がかけられているリビングで。
執筆中の作家のせんせえのお邪魔にならぬよう、
それは静かに静かに、家事やら資料整理やらを手掛けていたのは。
島谷せんせえも秘かにお気に入りの、
つややかな金の髪を
ぎゅぎゅうと引っつめに結った敏腕秘書殿だったのだけれども。

 「  ………。」

ノートパソコンのキーを打っていた手を止めて、
ふと見やったのが、窓辺近く、
カーテンの陰がかかっている一角で。
夏向けにと麻のカバーのへ取り替えた、
平たくて大きめのクッションが、置かれてというより敷かれてあるのだが。
その上にコロンチョと転がっているのが、
当家のアイドル、二人の幼子。
幼子なんて言い方になるとは、
よほどのこと骨抜きになってますねと。
事情の判らぬ人へは苦笑を招くかも知れぬ、
随分と甘甘な傾倒ぶりで。
当家の管理という“家事”部門へのきめ細やかな優しさとは打って変わって、
島田さんチの家作にかかわるトラブルへは、
どんな恐持ての相手が出て来ようと、
怯えるどころか、むしろ向こうを震え上がらせるほど、
そりゃあ きりりと厳しいお顔も出来る人だのに。
そこに無造作に寝そべって、お昼寝の真っ最中という、
2匹の仔猫さんたちを見やるお顔の、
何ともまあまあ、切なそうで甘いこと。

 「……っ。」

小さな小さなお声での“うみゃい”なんていう寝言を拾っては、
水色の玻璃玉のような双眸を見開くほど、ビビンと敏感に反応し。

 「〜〜〜〜〜〜〜〜。」

仔猫さんたちを起こさぬようにと必死で我慢しつつも、
あああ、どっか叩いて放出したいというほどもの、
そりゃあ強烈な“萌え”を持て余しておいでなのだから。

 “相変わらずだの。”

進歩がないと一刀両断するには、
だがだが その様子が愛らしすぎると。
こちらもこちらで、ある意味 立派に性懲りのない壮年様。
そんなリビングへひょこりとお顔を出して見せれば、
そこは 他でもない当家の御主だったので、

 「勘兵衛様?」

誰を中心に回っているお屋敷か、くらいの分別はまだ働くか。
あらあらと素早く気がついたのはおサスガな秘書殿ではあるが。
一息入れますか?と、
かけたお声が、何故だか掠れ気味なのへ、

 「?」

何だ何事だと問いたげに勘兵衛から眉を寄せられ、
ああ…と自分の態度の微妙さへ、苦笑を浮かべた七郎次。
勿論のこと、勘兵衛だとて
わざわざ説明されずとも、何がどうしてかくらいは判っており、
精悍なお顔へ 困った奴よと苦笑を1つ浮かべてしまう。
キャラメル色のふんわりと柔らかそうな綿毛をまとった、
そりゃあお元気な腕白王子、
でも まだまだ仔猫な、メインクーンの久蔵と。
彼より小さな赤ちゃん猫サイズの、
だが毛並みはつややかで、ビロウドのような整いようが一丁前な、
ムラも曇りもない漆黒のクロちゃんと。
それぞれに個性的な寝相を披露し合いつつ、
目元に糸を張り、それは心地よさそうに、
くうくうと午睡を堪能中。
昼のうちの猫は寝るのが仕事とよく言うけれど、
勘兵衛のいる書斎へまで響くような勢いで、
鬼ごっこじゃ駆けっこじゃ、ビニールボール捕獲ごっこじゃと、
大暴れすることも多かりしなやんちゃ二人。
こうまで静かなお昼間は、実は実は珍しいことだそうで。
それもあっての、音なしの構えでいたらしい七郎次なのへ、
起こしたくないならば、小声での会話を続けようぞということか。
ほれほれと手招きをした勘兵衛様。
おいでおいでと、持ち重りのしそうな大ぶりの手を上下させるのが、
幼い子供か、いっそ仔猫たち相手のような所作でもあって。
何ですよそれと、まずは目を見張ってから、
しょうがないですねぇと、苦笑をしつつも立ち上がり、
ほんの数歩ではあったが、距離を詰めての歩み寄った七郎次だったのを、

 「…っ。」

そんなせずとも近寄っていたものを、どんな急ぎのお話があったやら。
勘兵衛の手が伸びて、そんな彼の二の腕を捕まえると、
あっと言う間に、間近へ引き寄せてしまい。
何ですかと訊くように見上げた恋女房の細おもてへ、
自身のお顔を近づけて…………。

 「な…っ。////////」

そういうのを厭うような間柄じゃあないながら、
不意打ちもいいところだったのと、真っ昼間の開けたところ。
唇が離れたそのまま、何をしますか…とか何とか言い掛かったのへ、
大ぶりの手のひらをかぶせる格好で、
七郎次の口元に蓋をして黙らせるせんせえであり。

 「おや、起きても構わぬのか?」
 「〜〜〜〜〜〜。//////」

視線で仔猫らを示すしたり顔が小癪なお人。
口を塞がれたその上、理屈でもぐうの音が出ない…のみならず、

 “そのお声を掠れさせるのは狡いです。//////”

七郎次だけに大問題な事情まで重なってのこと、
恨めしげな、それでいて…ただ困っているだけとも思えぬような、
照れかそれとも含羞みからか、お顔を真っ赤に染めつつある七郎次さんだったりし。


  ―― もしかして確信犯でしょうか、勘兵衛様。(笑)


そんな悪戯の楯にされたほどもの、
そりゃあ心地よさそうな仔猫たちの午睡だったが、

 「冗談はさておき。」
 「冗談とは何ごとですか。」

まったくであるが、それはそれとして。(大笑)

 「すまぬが、出掛けるのへ付き合ってくれぬか。」
 「はい?」

執筆中だったはずの勘兵衛で、当然、外出の予定なぞなかった。
少なくとも、前もっての話としては聞いていなかった七郎次が、
どんな急用が出來したものかとキョトンとしておれば、

 「なに、いきなりの思いつきでな。」

ふふと口元をほころばせ、

 「近々、盆の祭りがあるだろう。」
 「あ、えっと。はい。」

隣町というほども近いところの話ではないけれど、
川辺で花火大会があるのに合わせ、
それを見物出来る丘の見晴らし台公園で縁日が立ちの、
広場で盆踊りがありのという夏祭りが確かにある。
さすがに執筆の仕事がおす時期ではないけれど、
何かネタなり意欲なりが降りて来た作家せんせえが、
予告もなく書斎に籠もるのは日を選ぶ話じゃあないし。
地域のお祭りだ、立錐の余地もなしとまでは混まぬにせよ、
花火の雰囲気は家にいても聞こえるし、
二階へ上がれば遠くにではあれ望めるのでと、
わざわざ出掛けるところまで至ったためしはなかったのだが、

 「今年は出掛けてみぬか?」
 「え?」

おやお珍しいと、意外な話へ目元を瞬かせる七郎次へ、更にの畳み掛け、

 「浴衣を見繕いに行こう。ほれ、あの黒いのの主の呉服屋まで。」
 「え? あ、でも…。」

浴衣ならありますよと言い掛かり、それへと笑みを重ねた勘兵衛だったのは、

 「お主のを、だ。」
 「あ…。/////」

滅多にないことながら、それでも作家としての取材なぞで、
和装になる場合もあることはあり、
いつだったか浴衣姿というリクエストがあったため、
実家にあったご大層なのを持ち出して、
勘兵衛の身支度は一通りそろっているのだが。
付き添いに過ぎぬ七郎次の浴衣までは、

 「いや…あの。ありますよぉ。」
 「そうか? それにしては思い出せぬのだがな。」

双方ともに和装になっては世話もしにくいと思うのか。
正月参りほど改まった場でもない限り、
勘兵衛に浴衣を着せても、
七郎次自身はいつもと変わらぬいで立ちというのが当たり前で。
持ってはいても いつの買い物やら。
学生時代のそれだというなら、
柄だって仕立てだって、今の彼には合わぬかも。

 「ほれ、出掛けるぞ。」

そうそう遠いところへ行こうと言っているものじゃあなし、
本当にたまにの話ながら、隣町への用があって運ぶおりは、
余裕があれば店の前を通るようにしてもいる彼らでもあると訊く。
(*彼ら=七郎次と仔猫ズ)
そこまで語った勘兵衛だったのへ、あややと鼻白らんだ七郎次だったものの、

 「あ、でも。」

ちびさんたちが寝ておりますがと、リビングを振り返った彼だったのは、
起こすのが忍びなかったからだろうが、

 「留守番させておけばよかろう。」
 「それは……。」

心地のいい空調が利いた室内だ、
炎天下の車中に置いてくわけでなし、よほど快適にいられるだろうし。
眸を覚ましたとしても、

 「久蔵一人だったころならともかく、
  クロもいるからの。
  寂しいと泣くこともあるまいよ。」

腕白なくせに甘えん坊でもある久蔵。
冬の夜更けに目を覚まし、
誰の姿もないリビングなのへ にいみいと鳴いていることが昔はあったが。
そして、そんな気配をどう聞き拾うものか、
何となく目を覚ましての見に行った先から、
夜泣きをしていたと抱えて戻ってくることがあった七郎次でもあったが。
そういえば、先の冬はそんな晩が一度もなかったことを思い出す。

 「…そう、ですね。」

それに、何も半日仕事になるでなし。
お店も近場だし、和装の採寸は洋服のそれに比べれば手間も少ない。
生地選びからかかるといってもそんなに時間は掛かるまい、と。
自分さえてきぱき掛かれば問題はないはずだと、
そこは思考も切れのいい敏腕秘書殿。
ぐずぐずと尻の重いことを言ってみたところで、
これと決めた行動を勘兵衛がそうそう諦めるとも思えないこともあり。

 「では、参りましょう。」

にこりと微笑い、
でも、だからと言ってそのままの恰好ではと、
二人分の上着を取りに行く辺りの切り替えの妙の素晴らしさよ。
夕飯には小アジの南蛮漬けを仕込んであるので、
あぶり厚揚げかナスの田楽に、
あとは茶わん蒸しでもつけましょか、それとも玉子どうふでも買い足すか。
クロゼットのある寝室までの廊下を進みつつ、
そんな算段を固めておいでの七郎次のなで肩を見送って。


  「………遠い相手なら深追いはするなよ、クロ。」


独り言のように、
そんなお言いようをこそりと呟いた勘兵衛だったりする。





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  *いやまあ、さほど大層な話じゃないのですがね。
   あまりの暑さと、五輪観戦とで、
   更新が侭ならないもんだから、
   ちょっとした思いつきをですな……。

   ところでこれは余談ですが、
   勘兵衛様、黒いのって もしかして兵庫さんのことでしょうか。
   恐らくの間違いなく、
   大妖狩りの久蔵のお仲間だってことは知ってるくせに、
   そんな“G”みたいな呼び方して。
(苦笑)


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